2026年6月4日木曜日

2026年6月 古美術うまのほね・鎌田奈穂 展

 板室温泉大黒屋では、2026年6月4日(木)から6月29日(月)まで、「古美術うまのほね・鎌田奈穂 展」を開催いたします。本展では、古美術うまのほねを主宰する鎌田充浩と、金工作家・鎌田奈穂による展示を中心に、杉田明彦の漆器、小澄正雄のガラス作品をあわせてご紹介いたします。鎌田充浩と鎌田奈穂は兄妹であり、古美術と金工という異なる立場から、長年ものづくりや古いものに向き合ってきました。


うまのほねは、店舗を持たず、展覧会や企画展を中心に活動する古美術店です。オリエント美術を軸に、エジプトから中国北方に至る考古美術や古美術を扱いながら、長年にわたり「手のひらに載る小さなもの」「密度の高いもの」に眼差しを向けてきました。本展に並ぶものの多くもまた、小さなものたちです。ガラス器、壺、器、香炉、装身具、祈りのための道具、時代も地域も異なりながら、それらは本来、人の手の中で使われ、愛でられ、受け継がれてきたものたちです。小さなものの中に凝縮された技術や時間、そして長い年月を経てもなお失われない存在感は、うまのほねが一貫して見つめ続けてきたものでもあります。


 一方、鎌田奈穂からは、銀や銅を用いた作品に加え、西洋のブリキ缶を写した函や、ヘレニズム時代の銀器を写した杯などが出品されます。また、スプーン、フォーク、マドラー、茶漉し、小皿といった日々の道具も並びます。鎌田奈穂の作品にもまた、古いものへの深い関心が流れています。それは単なる再現や引用ではなく、長い時間を生き残ってきた形や佇まいに学びながら、その魅力を現在の暮らしへと受け渡そうとする仕事のようにも見えます。


さらに本展では、うまのほね:鎌田充浩の依頼により、鎌田奈穂(金工)、杉田明彦(漆)、小澄正雄(ガラス)の三名が制作した作品群もあわせてご紹介いたします。今回のお題となったのは、卓上を愉しむための道具でした。銀メッキ洋函や純銀酒盃の組作品、銀メッキ盆、円筒形の漆器、扁平グラスや古物写しのコップ、ガラス徳利など、それぞれの素材や技法を通して生まれた作品には、古いものを見つめ続ける中で育まれた眼差しが静かに息づいています。異なる作り手による仕事でありながら、それらがひとつの卓を囲むように並ぶ姿も、本展の見どころのひとつです。


古代の器物をつくった人々の手。それを見つめ、受け継いできた人々の眼。
そして現代の作り手たちの手。遠く離れた時代や土地のものでありながら、それぞれはどこかで静かにつながっているようにも思えます。
本展では、考古美術と現代工芸、そして日々の道具が並びます。
古いものと新しいもの。使われてきたものと、これから使われるもの。
そのあいだを行き来しながら、ものが宿す時間や、人の手が生み出してきた仕事の豊かさに触れていただけましたら幸いです。どうぞご高覧ください。

会期 : 2026年6月4日(木) - 6月29日(月) 10:00 - 17:00

※6月4日、19日のみ13時から開館いたします。

※展示は宿泊以外の方もご覧いただけます。



2026年5月26日火曜日

第259回 音を楽しむ会

5月の音を楽しむ会はチェロ 黒川正三さん、ピアノ 黒川文子さんによる演奏会でした。





今回の演目は...

                                                   エルガー                      愛の挨拶
                                                   フォーレ                      夢のあとに
                                                   ドビュッシー              美しき夕べ
                                                   ラフマニノフ              ソナタ ト短調 作品19





心落ち着く曲調が印象的なエルガー作曲の「愛の挨拶」で幕を開けました。


続いては、文子さんの素敵な詩の語りとともに、フォーレ作曲『夢のあとに』、そしてドビュッシー作曲『美しき夕べ』が演奏されました。それぞれの曲に添えられた詩の朗読が、音楽の叙情的な世界観を引き立て、おふたりが奏でる美しい音色をより深く堪能することができました。


プログラムのメイン曲とも言えるラフマニノフ作曲「ソナタ ト短調 作品19」は、全4楽章からなる約35分の超大作です。怪しげでどこか寂しげな序奏から始まり、曲は少しずつテンポを速めていきます。弦を指で弾く特殊奏法「ピチカート」が曲に鮮やかなメリハリを与え、ピアノが細かく紡ぐメロディーと相まって、
聴き手を情熱的で高揚感あふれる世界へと引き込みます。クライマックスに向けて華やかに世界が広がっていくような力強い演奏が響き渡ると、会場からは大きな拍手が沸き起こりました。


アンコールでは「ダニー・ボーイ」と「アメイジング・グレイス」の2曲が演奏されました。誰もが耳馴染みのある名曲だからこそ、おふたりの息の合った素晴らしい演奏に、会場のお客様も深く聞き入っておりました。





次回は6月26日(金)ヴァイオリン 新村隆慶さんによる演奏会です。
どうぞお楽しみに!

2026年4月29日水曜日

2026年5月 田幡 浩一 展

板室温泉大黒屋では、2026 年4 月29 日(水)から5 月31 日(日)まで、田幡浩一展「起

こらなかった出来事/Things that didn't happen」を開催いたします。当館では初めての個

展となります。



田幡浩一は、栃木県宇都宮市出身、現在はベルリンを拠点に活動する美術作家です。絵画やドローイングを中心に、フォトコラージュや映像などを用いながら制作を行っています。本展では、絵画を軸としながら、これまでに取り組んできたフォトコラージュや映像作品など、あわせて30 点を展示いたします。



 2016 年以降、田幡は「one way or another」と題したシリーズに取り組んできました。本展では、その展開として、二連パネル上にズレを取り入れた絵画を中心に構成されます。空のグラデーションや雲の流れ、果物や花といった身近なモチーフが描かれた画面は、二枚のパネルの継ぎ目においてわずかに噛み合わず、そこには意図的なズレが残されています。

また、同じ対象や瞬間が、ほとんど同じ構図で描かれた油彩作品も並び、ズレがどのように現れるか、その違いが比較できる構成となっています。「one way or another(いずれにせよ)」という言葉が示すように、そこにはひとつの像になるまでの複数の可能性が含まれています。同じものを見ているはずでありながら、わずかに異なる像として立ち現れること。そのズレは、ひとつの出来事が成立することの不確かさを静かに示しています。



本展のタイトル「起こらなかった出来事」は、そうした状態に向けられた言葉でもあります。

展示は絵画を軸としながら、フォトコラージュや映像作品へと広がります。写真を折り曲げ、

裏面の白を露出させるコラージュ作品では、像は反転し、表と裏が入れ替わります。展示全

体の中でもコラージュは大きな比重を占め、絵画と並行しながら像が確定しない状態を別の

かたちで示しています。また、売れ残った果物などを写した映像作品では、出来事の後に残

された断片が映し出されています。作品はいずれも、完成や結論へと向かうものではありま

せん。

板室という環境の中でそれらの作品に向き合うとき、私たちは何を見ているのか、あるいは

見ていなかったのか。そのような感覚に、ふと触れることがあるかもしれません。

どうぞご高覧いただけたら幸いです。



本展に寄せて、作家自身の言葉をご紹介します。


皿の上のレモン、ガラス瓶の花、移ろう空。

同じ瞬間を、わずかに異なる角度から、同じ対象を何度も描いてみる。

それらの像は互いに似ていながら、完全には重ならない。

ひとつに収束することなく、差異を含んだまま並んでいる。

二枚のパネルにまたがる絵では、ひと続きの像が現れているように見える。

しかし接合部には、わずかなズレが残る。

そのズレによって、像はひとつの出来事として閉じきらない。

画面にあるのは、確定した出来事ではなく、

起こり得たまま、選ばれなかった時間の重なりである。

見るという行為は、そのどれかを選び取ることではなく、

むしろ選ばれなかったものの気配に触れることに近い。

写真のコラージュ作品では、写真を折り曲げ、裏面の白を露出させている。

像は反転し、表と裏が入れ替わり、背後の余白が前面に現れる。

残された果物だけを写した映像作品には、

すでに出来事が過ぎ去った後の、存在と不在が断片的に連なっている。

「起こらなかった出来事」とは、

本来、見えないまま通り過ぎていくものの名前である。

ひとつの像が成立する過程には、成立しなかった無数の像が含まれている。

それらは通常、画面の外に押し出される。

本展では、それらをずれや差異として画面上にとどめている。

絵画はここで、確定しなかったものを引き留める場となる。


田幡浩一


会期 : 2026年4月29日(水) - 5月31日 (日) 10:00 - 17:00

※4月29日、5月15日のみ13時から開館いたします。

※展示は宿泊以外の方もご覧いただけます。





2026年4月26日日曜日

第258回 音を楽しむ会

4月の音を楽しむ会はパーカッション 宮坂遼太郎さん、安藤巴さんによる演奏会でした。おふたりは初出演で、音を楽しむ会では初となるパーカッションによる演奏でした。


舞台上には多種の楽器と叩けば音が出るモノなどが並び、その場その時の空気感で即興的に音が紡がれていきます。
 

おふたりがそれぞれ異なる楽器で、異なるリズムを刻み始めるのですが、いつしかそれらが重なり合い、一つの美しいメロディーへと昇華していくかのようでした。


演奏中には舞台から楽器が落ちるアクシデントもありましたが、その衝撃音や、拾ってもらった時の温かな笑い声すらも一つの「音」として、見事にその空間へ馴染んでいました。


「既になっている音が日常には溢れている」と仰られた宮坂さん。モノから発せられる音だけでなく、人の息づかいや身体の動きなど、会場から生み出される全ての「音」を取り込んだパフォーマンスに、どこか不思議で心地よい感覚を味わうことができました。


また、おふたりの演奏にはどこか懐かしさも漂います。幼い頃に食器を鳴らして親に叱られた記憶や、友人の部屋に集まって他愛もない会話に花を咲かせた記憶ーー。感じ方は人それぞれですが、「音」から呼び起こされる様々な「コト」が、すんなりと耳に溶け込んでいきます。


アンコールでは、拍子木を手に会場を練り歩く演出もありました。拍子木といえば「火の用心!」の夜回りや、伝統芸能の幕引きなどで使われるイメージが強いかもしれません。しかし、おふたりが奏でる拍子木は不規則なリズムを刻み、四方から「チョン」と鳴り響くことで、特定の何かを連想させるというよりも、一つ「環境音」として楽しむことができました。


何かをイメージし、物語として音を追うのではなく、その瞬間の感情や空気感を素直に受け取ることで生まれる音の「化学反応」。そんな贅沢な響きを堪能できた、素敵な「音を楽しむ会」となりました。





次回は5月26日(火)チェロ 黒川正三さん、ピアノ 黒川文子さんによる演奏会です。
どうぞお楽しみに!

2026年4月3日金曜日

2026年4月 五月女 哲平 展

板室温泉大黒屋では、2026 年4 月3 日(金)から4 月26 日(日)まで、五月女哲平の個展

「陽が沈む前に」を開催いたします。



当館での個展は、2022 年9 月以来、2 回目となります。

五月女は、栃木県小山市を拠点に活動する作家であり、絵画を軸に立体や写真なども横断しながら制作を続けてきました。画面に像を描くことにとどまらず、支持体のかたちや素材との関係性、そこに生じる出来事そのものを受けとめるようにして、絵画のあり方を探求しています。その制作に一貫しているのは、過剰に語ることを避け、要素を削ぎ落としながら画面の中に残るものに向き合う姿勢です。

いわゆるミニマルな表現を志向しながらも、その絵は閉じることなく、静かな手触りをもって、見る者の感覚にひらかれていきます。そこには完成されたイメージというよりも、まだ定まりきらない状態や、移ろいの途中にある気配がとどめられているようにも感じられます。

近年、五月女は油絵具を用いた制作に取り組んでいます。これまで主に用いてきたアクリル絵具とは異なり、油絵具が持つ時間の重なりや質感、にじみや艶といった表情が画面に新たな奥行きや揺らぎとしてあらわれています。作家自身もまた、年を重ねる中で絵を描くという行為そのものに対して、より自然体で向き合うようになってきているのかもしれません。



五月女の制作の背景には、土地に根ざした時間の積み重ねがあります。栃木県小山市に暮らし、父や祖父も同地で絵を描いていたという環境の中で育ち、現在もなお、身近な風景の中で過ごす時間を大切にしています。とりわけ* 渡良瀬遊水地に足を運び、何をするでもなく、ただその場に身を置く時間。そのような時間の中で感じ取られる光や空気、そこへ向かう時間や、ただ身を置くことで立ち上がる気配が作品の根底に静かに流れているように思われます。かつての出来事に由来する歴史を持ちながらも、現在ではどこか心の落ち着く感覚を伴う点も、この場所の特異性を示しているのかもしれません。



本展では、2026 年に制作された新作を中心に、およそ20 点を展示いたします。今年初めに東京・Kudan House で開催された「CURATION⇄FAIR Tokyo」で発表された作品群も含まれ、現在の制作の流れを感じていただける構成となっております。

展覧会タイトルである「陽が沈む前に」は、光が次第に失われていく、そのわずかな時間を示しています。昼の明るさの中では輪郭を持っていたものが、やがて曖昧になっていく。その移ろいの中で、私たちはふと、いつもとは異なる感覚に触れることがあります。五月女の絵画は、そのような気配に静かに寄り添いながら、かたちとしてあらわれてくるようにも感じられます。

絵の前に立つことは何かを理解することではなく、言葉にならないものにしばらく身を置くことなのかもしれません。本展がそのような時間にふれる機会となれば幸いです。


* 渡良瀬遊水地:栃木・群馬・埼玉・茨城の4 県にまたがる国内最大級の遊水地。明治期の足尾銅山鉱毒事件に伴う治水対策として形成され、現在は広大な湿地と空の広がりを持つ。毎年春にはヨシ焼きが行われる。



本展に寄せて、作家自身の言葉をご紹介します。


外が暗くなってきたのに気がついて、あわてて車を走らせる。

車でおよそ30 分。途中のコンビニでコーヒーを買って、トイレも済ませる。

まるで映画館に来たような、少しソワソワした気持ちになる。

この時間は静かで、美しいから好きだ。

昼間の景色は少し眩し過ぎて、物事がはっきりとし過ぎている。

絵の話に置き換えれば、白昼の具象的な輪郭と、薄暮に見るぼんやりとした抽象性。

世界はきっと、この具象から抽象へのグラデーションを繰り返してきた。

命が生まれて、死んで、また生まれるように、この世で起こるあらゆることは、何度も何度も同じように繰り返されるのかもしれない。

私が出来ることと言えば、その同じように見える景色の中の、ほんの少しのノイズに、正面からゆっくりと向かい合って、ただただ、記録し続けることなんだと思う。

陽が沈んで、何も見えなくなってしまう、その前に。

五月女哲平



会期 : 2026年4月3日(金) - 4月26日 (日) 10:00 - 17:00

※4月3日、17日のみ13時から開館いたします。

※展示は宿泊以外の方もご覧いただけます。