2023年4月28日金曜日

2023年5月 古橋まどか展

 板室温泉大黒屋では、4月28日より古橋まどか展「草枕」を開催いたします。 

 イギリス、ロンドンで建築と美術を学んだ古橋さんは、極めて日常に近い物に関するリサーチを基軸としたサイトスペシフィックな制作活動を展開してきました。およそ4年ぶりとなる大黒屋での個展。近年取り組んでいた作品に含め本展にむけて制作された新作17点を展示いたします。


 展覧会タイトルである「草枕」とは和歌にとっての枕詞であり旅と同義語です。古橋にとってこれまでは旅が日常で制作の糧にもなっていたなか、コロナ期を同じ土地で過ごすことで改めて四季がめぐることを意識し身近な生、自然、季節、身体、循環などについて考察する時間が増え、今展覧会へと繋がりました。


以下作家による展示に向けて、

「四年前の梅雨、ここ板室にて展覧会が無事、開催に至ったのを見届けると、その後は一夏をインドネシア、ジョグジャカルタですごした。本展「草枕」を構成する風、あるいはカーテンの映像はそのとき撮影したもので、当時は旅をしながら着想を得たり構想したりするのが日常だったように思う。

  一転してコロナ期、あらたに得た日課がある。最後に帰国の途についたとき、空き家となっていた母の生家に住まうことにして、その風体からいえば原野のような敷地、かつての庭の手入れをすることにしたのだ。 

 庭仕事なのか、開墾なのか、自主隔離と社会的距離間の求められるところで人知れず着手して、 ふりかえれば二年が、草木が萌し、花を咲かせ、葉を吹き、古葉を落とし、枝を枯らせ、また萌すのを、ひたすらに定点観測しつづけることですぎていた。 

 あるとき、土の中から、白けた貝殻が出てきた。割れた植木鉢のかけらも。それらは、かつての生活の名残で、土に分解されずに残存するものたちだ。また本展に一部分を含めた焼き物の制作は、それらを出発点にしている。私の体重に等しいだけ掘り出し、造形していた庭の土を焼成したものだ。 

 薪にしたのは剪定するたびにとっておいた枝や自然に枯れた木で、冬日にふきつける雪もかまわず、圧倒的な熱を発した。土を硬く焼き締め、小さな軽いかけらにして、燃え去った後はわずかな灰だけが残った。(このとき、意図せずして、体が消失する=いのちが滅するのをみとどけるような経験をした。)昨年のことだ。生き物、人は、生まれて、滅して、つぎに生じる子孫、いのちに、みずからの断片を託す。つぎに、というよりは、つぎつぎに生じるいのちにかもしれない。季節に似て、とめどない。実際、めまぐるしいほどに庭は変化する。仕事は想像していたよりもずっと多忙だった。雑草はあっという間に茂るし、樹々もきがつけば鬱蒼としている。 それが、落葉がおわり、寒さを極める頃になると、一斉に休眠しはじめる。それで私も一息つくことができるのだが、ただそのようなときも、土の中、あるいは、幹の中では、変化がゆるやかに進行しているのを感じている。虫も、幼体をまるめて地下に潜んでいるのだ。冬は、「殖(ふ)ゆ」が語源と知ったとき、腑に落ちて頷いた。

  今年、菜虫が舞い始める頃、本展に先立って大黒屋を再訪した。記憶のとおり、前庭の炉は四六時中湯を沸かしていて、くべられた木材から立ち上る煙は川辺や、外湯まで運ばれていた。焚き火も長湯も眠りを誘う。あるいは風か。湯を沸かすのは火で、火を燃やすのは風だ。無論、そよ風ならば心地よい。染み付いた煙の匂いですら、清々しく思えた。」



 板室の 5 月は日々変わりゆく新緑がみずみずしい季節です。 ぜひ展覧会と合わせてご来館いただけたら幸いです。 


会期 : 2023 年 4月 28日 (金) - 5 月 29 日 (月) 9:00 - 17:00
会期中の休館日:5月9日10日11日