板室温泉大黒屋では5月9日より大黒屋サロンにて「山本雄基展」を開催いたします。
山本雄基は北海道帯広市生まれ。北海道教育大学大学院を修了後、札幌を拠点に国内外で精力的に作品を発表してきました。当館での開催は今回で8回目となります。 彼の制作に通底するのは、「見るとは何か」「絵画はどう存在するのか」という根源的な問いです。
それは単なる視覚表現の追求にとどまらず、人間の感覚そのものや意識、認知の深層へと踏み込むような探究の旅でもあります。彼の作品は、画面に何が「描かれているか」よりも、私たちが「どのように見るか」に問いを投げかけます。 山本の絵画は、キャンバスに透明のアクリルメディウムを幾層にも重ね、その上に円形のモチーフを配置することから始まります。さらに、それらを反転させるように、くり抜かれた円形=ヴォイド(Void)を重ね、また透明な層を加えていく。こうした工程を十層以上にわたって繰り返しながら、絵画は構築されていきます。 主に円形を用いるのは、根源的で強い形であると同時に、できるだけ特定の意味内容を持たせないようにするためです。幾層ものレイヤーによって現れる奥行きは、平面でありながら空間的であり、イメージでありながら物質的でもあります。明確な構図があるわけではないのに、そこには秩序があり、意図を感じさせながらも、どこかつかみきれない曖昧さが漂います。その矛盾に満ちた存在が、絵画という形式を静かに揺さぶります。
山本の近年の取り組みとして注目すべきは、プログラマーとの協働により独自に開発された描画システム「Random Circle Drawing System(RCDS)」です。
これまでは、作家自身の感覚によって円の構成や配置、色彩を直感的に決定し描いてきましたが、このシステムでは、円の構成や配色が無数に自動生成され、その中から山本が自らの感覚で「選ぶ」ことで作品が成立します。 完全にプログラム任せにするのではなく、「無作為の山」の中から一つを選び取るというプロセスには、直感と判断、そして視覚的倫理観のようなものが濃密に介在しています。構図や色彩といった本来作家の感覚に基づく選択を一度手放し、再びそこから選ぶという二重の選択構造は、作者性や表現の主体についての新たな問いを導き出します。 “選ばない”ことと“選ぶ”ことのあいだで揺れる行為そのものが、絵画をより深く、複層的な構造へと導いているのです。 また、本展には、慶應義塾大学巴山竜来研究室との共同制作による作品も含まれます。巴山氏は、数学を専門としながらアートとテクノロジーの領域を横断する研究者です。コンピュータグラフィックスに造詣が深く、『数学から創るジェネラティブアート』『リアルタイムグラフィックスの数学』などの著書も執筆。情報と身体、構造と感性の交差点を主題に、インタラクションデザインやデータビジュアライゼーションの分野でも精力的に活動を続けています。 今回のコラボレーションは、*「ファンダメンタルズプログラム」の枠組みをきっかけに行われたものであり、山本の視覚的思索と、巴山研究室による数理的かつ論理的なアプローチが交差することで、感覚と知性のあわいに新たな知覚体験を生み出す試みとなっています。