2025年5月9日金曜日

2025年5月 山本雄基展

 板室温泉大黒屋では5月9日より大黒屋サロンにて「山本雄基展」を開催いたします。


山本雄基は北海道帯広市生まれ。北海道教育大学大学院を修了後、札幌を拠点に国内外で精力的に作品を発表してきました。当館での開催は今回で8回目となります。  彼の制作に通底するのは、「見るとは何か」「絵画はどう存在するのか」という根源的な問いです。  

それは単なる視覚表現の追求にとどまらず、人間の感覚そのものや意識、認知の深層へと踏み込むような探究の旅でもあります。彼の作品は、画面に何が「描かれているか」よりも、私たちが「どのように見るか」に問いを投げかけます。  山本の絵画は、キャンバスに透明のアクリルメディウムを幾層にも重ね、その上に円形のモチーフを配置することから始まります。さらに、それらを反転させるように、くり抜かれた円形=ヴォイド(Void)を重ね、また透明な層を加えていく。こうした工程を十層以上にわたって繰り返しながら、絵画は構築されていきます。  主に円形を用いるのは、根源的で強い形であると同時に、できるだけ特定の意味内容を持たせないようにするためです。幾層ものレイヤーによって現れる奥行きは、平面でありながら空間的であり、イメージでありながら物質的でもあります。明確な構図があるわけではないのに、そこには秩序があり、意図を感じさせながらも、どこかつかみきれない曖昧さが漂います。その矛盾に満ちた存在が、絵画という形式を静かに揺さぶります。  



山本の近年の取り組みとして注目すべきは、プログラマーとの協働により独自に開発された描画システム「Random Circle Drawing System(RCDS)」です。  

これまでは、作家自身の感覚によって円の構成や配置、色彩を直感的に決定し描いてきましたが、このシステムでは、円の構成や配色が無数に自動生成され、その中から山本が自らの感覚で「選ぶ」ことで作品が成立します。  完全にプログラム任せにするのではなく、「無作為の山」の中から一つを選び取るというプロセスには、直感と判断、そして視覚的倫理観のようなものが濃密に介在しています。構図や色彩といった本来作家の感覚に基づく選択を一度手放し、再びそこから選ぶという二重の選択構造は、作者性や表現の主体についての新たな問いを導き出します。  “選ばない”ことと“選ぶ”ことのあいだで揺れる行為そのものが、絵画をより深く、複層的な構造へと導いているのです。  また、本展には、慶應義塾大学巴山竜来研究室との共同制作による作品も含まれます。巴山氏は、数学を専門としながらアートとテクノロジーの領域を横断する研究者です。コンピュータグラフィックスに造詣が深く、『数学から創るジェネラティブアート』『リアルタイムグラフィックスの数学』などの著書も執筆。情報と身体、構造と感性の交差点を主題に、インタラクションデザインやデータビジュアライゼーションの分野でも精力的に活動を続けています。  今回のコラボレーションは、*「ファンダメンタルズプログラム」の枠組みをきっかけに行われたものであり、山本の視覚的思索と、巴山研究室による数理的かつ論理的なアプローチが交差することで、感覚と知性のあわいに新たな知覚体験を生み出す試みとなっています。  



山本は、当館が主催していた「大黒屋現代アート公募展」の第5回の大賞受賞作家でもあり、その後も継続的に作品を発表し続けてきました。本展では、描画システムRCDSを活用した近作を中心に、巴山研究室との共同制作を含む約20点の作品を展示いたします。  山本が近年取り組んできた多様なアプローチを一度に見ることのできる貴重な機会となります。ぜひご高覧いただけたら幸いです。


会期 : 2025年5月9日(金) - 6月2日 (月) 10:00 - 17:00

※5月9日のみ13時から開館いたします。

※展示は宿泊以外の方もご覧いただけます。

2025年4月26日土曜日

第249回 音を楽しむ会

4月の音を楽しむ会はソプラノ 西田真以さん、ピアノ 吉本有佑さんによる演奏会を行いました。今回は自由で劇的な感情表現が特徴的であるバロック音楽を中心にプログラムを構成していただきました。



〜プログラム〜

すみれ Le violette  (Aスカルラッティ作曲)

アマリッリ Amarilli ( G. カッチーニ作曲)

「マニフィカト」BWV243 より Quia respexit (J. S. バッハ)

「奥様になったら女中」より Stizzoso, mio stizzoso (G. B. ペルゴレージ作曲)

「グリゼルダ」RV718より Agitata da due venti (A.ヴィヴァルディ)

主よ、人の望みの喜びよ BWV174  (J. S. バッハ)

「セルセ」より Ombra mai fu(G. F. ヘンデル作曲)

「リナルド」より Lascia ch’io pianga(G. F. ヘンデル作曲)

「ジュリアス・シーザー」より Piangerò la sorte mia(G. F. ヘンデル作曲)

「メサイヤ」より Rejoice greatly(G. F. ヘンデル作曲)

さくら横丁 (中田喜直) 

素敵な春に (小林秀雄)



開会の挨拶後、お二人で入場し、A.スカルラッティ作曲「すみれ Le violette」を演奏。すみれの花を恋人に見立てた可憐なアリアは、会場の雰囲気を一気に明るくさせます。

歌唱前に「人間の限界に挑む曲」と仰っていたA.ヴィヴァルディ作曲「“グリゼルダ”RV718より Agitata da due venti 」。高音で、曲調も早く、技巧的な音の連続は聞く人を魅了しました。

公演の中盤には、J. S. バッハ作曲「主よ、人の望みの喜びよ BWV174」を吉本さんのピアノソロで。美しい旋律と吉本さんの時折笑みを浮かべながらの人情味ある演奏は、心温まるものがありました。

会の後半は、オペラやオラトリオなど劇作品を中心に、多くの音楽を創作したことから「音楽の母」とも呼ばれているG. F. ヘンデルが作曲した4曲を演奏。運命の過酷さを表現したオペラ「“リナルド”より Lascia ch’io pianga」、キリストの生涯を描いたオラトリオ「“メサイヤ”より Rejoice greatly」など、登場人物の感情表現が豊かな曲目を西田さんの清潭な歌声で楽しむことができました。

アンコールの小林秀雄作曲「素敵な春に」は日本歌曲には珍しい、素直な愛を表現した曲。西田さんの歌声だけではなく、吉本さんのピアノの音色が、より曲の雰囲気を作り上げ、演奏後には大きな拍手が起こりました。

これまでは冬時期の「音を楽しむ会」という印象が強かった西田さん。新緑の美しい景色の中、西田さん、吉本さんの素敵な演奏を堪能できた音を楽しむ会となりました。




次回は5月26日(月)落語 三遊亭兼好さんによる演奏会です。

どうぞお楽しみに!

2025年4月4日金曜日

2025年4月 杉田明彦展

 板室温泉大黒屋では4月4日より大黒屋サロンにて「杉田明彦展」を開催いたします。


杉田明彦は1978年、東京都に生まれました。手打ち蕎麦店での修業を経て、『茶の箱』という本に出会い、漆の世界に強く惹かれるようになります。その後、2007年より『茶の箱』の著者の一人でもある塗師・赤木明登氏に師事し、4年間の修行と2年間の御礼奉公を経て独立。2014年に金沢に工房を構え、現在に至ります。日本における漆の歴史は古く、縄文時代の遺跡からも漆器が発掘されており、1万年以上にわたって日本人の生活と密接に関わってきました。漆は防水性・耐久性に優れ、食器や家具、建築装飾に広く用いられてきました。特に茶道や漆塗りの器は、日本の食文化や美意識と深く結びついています。しかし、近代化が進む中で漆器を日常的に使う機会は減少しつつあります。杉田は、こうした状況の中で漆の価値を改めて見直し、現代の暮らしに寄り添う形でその魅力を生かす方法を探求しています。



杉田の作品は、伝統的な漆芸技法を受け継ぎながらも、現代のライフスタイルに調和する洗練されたデザインが特徴です。「道具としての美しさ」を大切にし、手に馴染むフォルムと独特のマットな質感を持つ漆器を生み出しています。特に、黒と朱の間にある深みのある独自の「朱色」を追求し、古典的な色合いに現代的な感覚を加えた表現が高く評価されています。さらに、漆の塗りと研ぎの工程を丁寧に重ねることで、手触りの良さと深い陰影を生み出し、日常の器に特別な質感をもたらしています。シンプルでありながらも奥深い魅力を持ち、使い手の手によって完成される「道具」としての美学を体現しています。師である赤木明登氏の影響を受けたマットな質感の漆は、現代の明るい生活環境に適した漆作りのスタイルとして確立されています。かつて漆器は、蝋燭や行灯のやわらかな灯りに照らされることで、しっとりとした艶やかな光を放ち、その美しさが際立っていました。杉田の作品は、そうした漆の本来の魅力を受け継ぎつつ、現代の住空間の明るい光の中で調和する漆を目指し、静かで奥行きのある仕上がりを追求しています。伝統を継承しつつ、それを超える新たな漆の表現を生み出し続けています。また、杉田は、伝統的な漆の食器であるお椀や汁椀にとどまらず、リム皿など西洋の文化でも使われる器にも挑戦し、フォルムの追求を続けています。器の形状に対するこだわりは強く、美しい造形を追求すると同時に、実用性を兼ね備えたデザインを心がけています。さらに、日頃から古いものや骨董への関心が深く、それらから受けた影響が彼の作品に独特の風合いをもたらしています。




近年では、生活の道具としての漆器にとどまらず、漆の素材そのものを活かした平面や乾漆(かんしつ/麻布などに漆を塗り重ねてかたちを作る、古くから伝わる技法)の技術による立体作品の制作にも取り組んでいます。また内装材としての漆の可能性を探るなど、新たな領域への挑戦を通じて、漆の可能性を広げる試みにも力を注いでいます。こうした取り組みを通じて、伝統を継承しつつ、それを超える新たな漆の表現を生み出し続けています。

本展では、お椀、鉢、盛り皿、リム皿、カップ、折敷、お盆など、さまざまな普段使いの器と、漆の可能性を追求した平面作品、乾漆によるオブジェ作品を中心に展示いたします。多様な表現を通じて広がる、杉田明彦の漆の世界をどうぞお楽しみください。

 

会期 : 2025年4月4日(金) - 5月6日 (日) 10:00 - 17:00

※4月4日、25日のみ13時から開館いたします。

※展示は宿泊以外の方もご覧いただけます。


2025年3月26日水曜日

第248回 音を楽しむ会

3月の音を楽しむ会はテノール 猪村浩之さん、ピアノ 大坪由里さんの演奏会を行いました。2022年2月ぶり14回目のご出演です。




今回の演目は...


Piano×Tenor 
~Eterna Classica 永遠のクラシック音楽~

    ノクターン Op.15-2 嬰へ長調               ショパン作曲
    ノクターン 遺作 嬰ハ短調                ショパン作曲                       
    バラード第1番 作品23 ト短調               ショパン作曲
    チェコの民謡による演奏会用幻想曲         ベドジフ・スメタナ作曲

    オペラ≪愛の妙薬≫より ~人知れぬ涙~         ドニゼッティ作曲
    オペラ≪愛の妙薬≫より ~なんと彼女は美しい~     ドニゼッティ作曲
    オペラ≪トスカ≫より ~妙なる調和~           プッチーニ作曲
    オペラ≪ロミオとジュリエット≫より ~ああ、太陽よ昇れ~   グノー作曲

    ピアノのための《からたちの花》              山田耕筰作曲
    オペラ《カルメン》より 〜花の歌〜        ジョルジュ・ビゼー作曲
    ‘O sole mio              エドゥアルド・ディ・カプア作曲
  



「ピアノの詩人」と呼ばれたショパン。繊細で美しい旋律と革新的で複雑なピアノ技法で、詩はないのですが、感情表現ゆたかな曲を数多く作りました。


ショパン作曲「ノクターン Op.15-2 嬰へ長調」「ノクターン 遺作 嬰ハ短調」「バラード第1番 作品23 ト短調」。流麗な音色だけではなく、細かな音の粒まではっきり聞こえる程の繊細な音色、演奏姿からも伝わる音の喜怒哀楽など、大坪さんの多彩な表現力を楽しむことができました。


グノー作曲「オペラ≪ロミオとジュリエット≫より ~ああ、太陽よ昇れ~」では、ロミオの情熱的な想いをテノールで、ジュリエットの優しく寄り添うような想いをピアノで演奏。有名なオペラということもあり、登場人物の揺れ動く感情も含めてイメージしやすく、お二人の演奏を一つの物語として楽しむことができました。


アンコールは3曲。最後の「‘O sole mio」は会の終盤にも関わらず、猪村さんの伸びやかなアクートに会場から大きな拍手が起こりました。閉会後も口ずさむお客様がいる程、とても印象的な一曲となりました。


「音楽はタイムマシーンのようなもの」と仰られた大坪さん。曲調や演奏姿だけではなく、作者の生い立ち、作られた時代背景など、想いや記憶を辿ることも、音の楽しみ方の一つかもしれません。猪村さん、大坪さんの素晴らしい演奏だけではなく、新しい気づきもあった音を楽しむ会となりました。


今回は新幹線の事故による遅延で開演時間の変更等、猪村さま大坪さまをはじめご来場いただいたお客さまにご迷惑をお掛けいたしましたこと、また変更に対して快く受け入れていただきましたことにお詫びと感謝を申し上げます。




次回は4月26日(土)ソプラノ 西田真以さんによる演奏会です。
どうぞお楽しみに!

2025年3月7日金曜日

2025年3月 上野雄次展

 板室温泉大黒屋では3月7日より大黒屋サロンにて上野雄次展「花」を開催いたします。


上野雄次は自然との対話をテーマに、花そのものが持つ生命力や空間との関係性を探求する「花いけ」で知られています。彼の花いけは、単なる装飾としての花ではなく、自然の摂理や存在の本質に迫る試みであり、その美学は国内外で高く評価されています。

上野氏は、京都府生まれ鹿児島県出身。独学で花道を学び、国内外でのインスタレーションやパフォーマンス、個展を通じて独自の花いけ表現を確立してきました。伝統的な花道の枠にとらわれず、自然と人間の関係性、空間における花の存在意義を問い続け、現代的な感覚で花の美を再解釈しています。これまでに日本各地のギャラリーや文化施設での展示に加え、海外でも数々のプロジェクトを展開しています。



彼の花いけの哲学は、次のような言葉に集約されます。

「実に単純で限りなく美しい天地森羅万象の理にしたがい、 時に澄み渡る空のように晴れやかで真っ直ぐな、 時に暗く淀んだ淵に沈み込む、 実に厄介で曖昧な人の心に寄り添い続け、 その他全てのことから自由であることをここに宣言致します。」

この言葉は、彼の花いけが自然と人間の内面、そして宇宙の理(ことわり)と密接に結びついていることを物語っています。花をいけることは、自然との対話であり、人間の内面との対話でもあります。上野氏は、野に咲く花を探し、土地の生命力を感じさせる素材を用いて生命の上昇を表現し、破壊的で爆発的な創作物を通じて生命の力強い生の状態をトレースしてきました。植物から出発し、同じ自然界の存在である人間とつながる、そんな基本に忠実な花の哲学を、花いけでは大切にしています。



今回の展覧会では、大黒屋が所蔵する花器を中心に、上野氏ならではの花いけインスタレーションが展開されます。本展は、単なる静的な展示ではなく、会期中に定期的に展示構成を変え、訪れるたびに新たな発見があります。主に金曜日に構成が変わり、花や空間が生きていることを実感できる展示となるでしょう。特に、春の訪れがまだ遠い3月の板室で開催されることにより、花の持つ儚さと力強さ、そして空間に生まれる緊張感が一層際立ちます。本展は大黒屋にとっても初めての「花いけ」の展覧会となります。通常、花いけは短期間の展示や一時的なインスタレーションとして行われることが多い中、本展のように約3週間にわたる長期展示は非常に珍しい試みです。季節の移ろいとともに変化する花の表情、空間との対話をじっくりとご堪能いただける特別な機会となるでしょう。

また会期中の毎週日曜日には、上野氏自身によるデモンストレーション(公開花いけ)を開催いたします。このデモンストレーションは、花がいけられる瞬間そのものをみることができる貴重な機会です。上野氏が花を手に取り、素材の表情や空間のバランスを直感的に捉えながら、花が新たな命を得る瞬間を共有します。その瞬間、花のエネルギーと空間の息づかいを感じられます。会期中は上野氏自身も板室に在廊予定であり、直接その感性や花いけに対する哲学に触れる貴重な機会となります。展示は宿泊されながらご覧いただくことをお勧めしますが、宿泊されなくても展示はご覧いただけます。「花」と対話するひとときをぜひお楽しみいただけたら幸いです。


会期 : 2025年3月7日(金) - 3月30日 (日) 10:00 - 17:00

※会期中の毎日曜日10:00〜11:00にデモンストレーション(公開花いけ)を行います。

※3月7日、22日のみ13時から開館いたします。

※展示は宿泊以外の方もご覧いただけます。