2025年10月3日金曜日

2025年10月 浜野まゆみ・矢野直人展

室温泉大黒屋では10月3日より大黒屋サロンにて「浜野まゆみ・矢野直人展」を開催いたします。


古唐津と古伊万里―400年前の陶工たちが生み出した伝統に挑み、古陶を糸口に現代を見つめる二人の展覧会です。

浜野まゆみは、大学で日本画を専攻し卒業後、焼き物の里・有田の窯業大学校にて陶芸を学びました。江戸前期に生まれながら石膏型の普及によって途絶えた「糸切り成形」の研究・再現に取り組みつつ制作しており、粘土板を糸で薄くスライスして型に当てるこの成形法によって、複雑な形状の磁器を生み出しています。高台も別途成形した紐状の土を貼り付けて作るため、成形には非常な手間を要しますが、そこに日本画で培った緻密な絵付けの技術を生かすことで、凛とした気品と繊細さを湛えた美しいうつわを完成させています。浜野の作風には江戸前期の古伊万里への憧憬が色濃く漂い、伝統文様や染付の意匠を現代の器に静かに息づかせているのも特徴です。初期伊万里の古格を纏いながらも、同時に新鮮な瑞々しさを感じさせる作品は、見る者の記憶の奥底にある郷愁を呼び覚まし、日々の暮らしに優雅な彩りを添えてくれます。



矢野直人は、古唐津を石器質の焼き物と捉え、あえて粘土ではなく唐津の砂岩を用いて作陶しています。自ら唐津の山中で砂岩を掘り出し、土や釉薬など原料の調合から薪窯での焼成まで、すべての工程を一人で手がける数少ない陶芸家です。砂岩は採取する地層によって粒子や性質が異なり、その特性に応じて黒唐津・朝鮮唐津・斑唐津・絵唐津・山瀬・皮鯨・刷毛目・粉引・白瓷など、多彩な作風を展開しています。桃山時代以来の古唐津の流れを汲みつつも、素材の個性を最大限に引き出した器からは、荒々しさと静けさが同居する存在感が立ち上ります。焼き物の原点ともいえる土と火に真正面から向き合い、伝統を現在に更新する力強い制作姿勢が感じられます。



お二人とも古唐津や古伊万里といった古陶磁に強く魅了されていますが、決して過去の作品をそのまま写すのではありません。400年以上前の陶工たちがどのように素材と向き合い、どのような手法で器を作り上げてきたのか、その原料・技術・方法を自らの手で体現し、現代の暮らしに通じる新たな器を生み出そうとする姿勢に、お二人の特徴がよく表れています。 長い時を経た技法や素材を現代に生かし、過去と現在を融和させるその仕事からは、年月を超えた深みと温もりが伝わってきます。本展では、浜野は糸切り成形で作られた器や、白土の粘土を塗ってから型紙を剥がす「型紙摺り」という技法による器、またろくろ成形による花器などを展示いたします。矢野は茶碗・花器・酒器・向付・碗皿など、多彩なうつわを出品予定です。伝統に裏打ちされた確かな造形と、季節の趣きを映す器の共演をぜひお楽しみください。爽やかな秋風がそよぐ板室温泉の地で、歴史を感じさせる二人の器の佇まいをご高覧ください。

 


会期 : 2025年10月3日(金) - 10月27日 (月) 10:00 - 17:00

※10月3日のみ13時から開館いたします。

※展示は宿泊以外の方もご覧いただけます。


2025年9月5日金曜日

2025年9月 細井美裕展

 板室温泉大黒屋では9月5日より大黒屋サロンにて細井美裕展「無いに聞く」を開催いたします。



細井美裕は東京を拠点に、音の力によって空間や時間の知覚を変容させる可能性を探求してきました。多重録音作品のほか、マルチチャンネル音響を用いたサウンドインスタレーションや舞台作品など、音を通じて空間認識や状況を変化させる幅広い表現を展開し、近年では立体作品の制作にも取り組んでいます。国内外で精力的に活動し、ロンドンのバービカン・センターやフランス国立音響研究所(IRCAM)など世界各地で作品を発表してきました。大黒屋では2022年、毎月26日に開催している「音を楽しむ会」において、一日限りのサウンドインスタレーションを発表していただきました。今回の展覧会は、それ以来初めてとなる本格的な個展です。



本展覧会タイトル「無いに聞く」は英題 “Trusted Silence” に由来し、沈黙に耳を澄ますという姿勢を示しています。音が供給されるのをただ待つのではなく、音が鳴る直前の緊張や、鳴っていない状態に潜む気配を信頼し受け入れること。細井はその意識を日常の中で保つための装置としてサウンドオブジェクトを制作してきました。素材には鈴や時計、金属板など、誰もが知る日常的なものを用いています。なかでも鈴は、鳴っていなくても音を想起させる世界共通の存在であり、匿名性を保ったまま音に実体と場所を与えることができる特別な素材です。細井は「音が立ち上がる寸前の静寂を聞きたい。鳴るのは今ではないことを受け入れ、それ以上を求めず、頭の中で補完する。それで満足できる人になりたい」と語ります。その探求は単なるサウンドアートの枠を超えて「ないこと」や「聞こえないこと」の価値を表現し、「時間認識という錯覚」への問いかけをも内包しています。作品はオブジェクトとして時間を伴いながら、鑑賞者に実時間とは異なる体験を促します。本展では、新作《無いに聞く》《時間解放運動》《滝》《渇望》をはじめ、フィリピンでのリサーチをきっかけに制作されたHuman Archive Centerシリーズより《バタアン・テクノロジー・パーク》《大きい山》、さらに細井のサウンドオブジェクト制作の契機となった代表的な作品《Fixation 5》《モモ》など、約20点を展示予定です。



本展は、昨年東京のGallery 38で開催された個展「ステイン」の延長線上に位置づけられます。「ステイン」では都市的な環境音や社会的記録を扱ったサウンドインスタレーションを中心に据えながら、さまざまなサウンドオブジェクトも展開されました。これらの関心をさらにサウンドオブジェクトに特化させ、旅館という滞在の場において、訪れる人々の足音やざわめきと、ふと訪れる静けさが交錯する空間を背景に、「静けさの多様性」を多角的に探る展示構成となります。また、大黒屋別館「北の館」1階では、福島県大熊町で本年発表された《轍》を特別展示いたします。本館サロンでの展示とは異なり、地域や歴史と響き合う社会的背景を持つ作品として、少し離れた場所に展示しております。大黒屋本館から少し足を延ばすことでご覧いただけます。細井美裕が紡ぎ出す静けさと時間の世界を、初秋の板室温泉にてぜひご高覧ください。


会期 : 2025 年9月5日(金) - 9月29日 (月) 10:00 - 17:00

※9月5日のみ13時から開館いたします。

※展示は宿泊以外の方もご覧いただけます。

2025年8月1日金曜日

2025年8月 長沼泰樹・宮澤有斗展

 板室温泉大黒屋では8月1日より大黒屋サロンにて「長沼泰樹・宮澤有斗展」を開催いたします。


埼玉県北本市を拠点に活動する木工作家・長沼泰樹は、「空間に寄り添う静かな道具」としての家具を制作しています。一冊の本『家具と人』との出会いから2011年に木工の道へ。品川の職業訓練校で学んだ後、傍島浩美氏に約10年師事。2024年に独立し、現在は自宅と川口の工房を行き来しながら、椅子やテーブル、収納家具、日用品などを手がけています。ブラックチェリーやナラといった広葉樹を用い、オイル仕上げや石鹸仕上げによって木の質感や経年変化を活かしています。「ほぞ」や「ありざん」といった伝統技法を取り入れる一方で、「ノックダウン」と呼ばれる分解可能な技法も採用し、現代の暮らしに調和する家具を生み出しています。構造の強さはあえて見えない裏側に込め、外観には静かな輪郭と余白を残します。直線的で削ぎ落とされた形は、主張しすぎず、それでいて確かな意志を宿しています。北欧に根ざした家具デザインや静謐な絵画表現に通じる美意識を取り込み、過剰な装飾を避けた静かな佇まいを追求しています。さらに登山やアウトドア文化から派生した「ウルトラライト(UL)思想」にも共鳴。最小限の構成で最大限の機能と美を引き出す発想は、家具の厚みや重量、影の落ち方にまで反映されています。今回は二人展に合わせ、展示台や特製ウォールラック、スツールやベンチなども展示いたします。



栃木県益子町に生まれた陶芸家・宮澤有斗は、陶芸家・宮澤章を父に持ち、素材と真摯に向き合いながら、手の痕跡を尊ぶ表現を追求しています。岩手大学教育学部を卒業後、父とともに制作を続ける一方で、陶ISMなどを通じて作品を発表。卒業直後には個展を開き、若くして注目を集め、益子に拠点を築きました。大黒屋とのご縁は、父・章の紹介によるものでした。4年間、陶芸家としてではなく宿のスタッフとして働いた経験は、「器から離れること」を体験され、創作に新たな視点と深みをもたらしました。宿の日常に触れた時間は、器が暮らしの中でどう息づくかを考える大切な契機ともなりました。近年は「釉薬と土を焼締める技法」を主軸に、「痕定手」と名付けた作品群を展開しています。自然灰や焼成によって現れる土の質感や痕跡は、手の痕と重なり、余分な装飾を排した造形に静謐な存在感を宿します。日々の土づくりを欠かさず、「曖昧さ」や「変化する人生」をそのまま器に託す姿勢は、使い手との時間を育む余白を残しています。本展では、花器を中心に、カップや鉢、お皿など、約150点の焼締め作品を展示予定です。



木工と陶芸、同世代の二人が語り合いながら大黒屋の空間を紡ぎ上げました。木と土、それぞれの素材が響き合う静かで確かな佇まいを、この機会にぜひご高覧ください。


会期 : 2025年8月1日(金) - 9月1日 (月) 10:00 - 17:00

※8月1日のみ13時から開館いたします。

※展示は宿泊以外の方もご覧いただけます。


2025年7月26日土曜日

第252回 音を楽しむ会

7月の音を楽しむ会はヴァイオリン 青木高志さん、ヴィオラ 長谷川弥生さん、チェロ 川上徹さん、ピアノ 弘中美枝子さんによる演奏会でした。



今回の演目は...


ペルト:鏡の中の鏡 

バッハ:無伴奏チェロ組曲 第1番 プレリュード 

モーツァルト:ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲 ト長調 K423

シューマン:ピアノ四重奏曲 変ホ長調作品47

ヘンデル:ラルゴ



心地よい風や涼やかな木陰、静謐な水面を想起させる、ペルト作曲「鏡の中の鏡」。

有名な曲だからこそ、チェロの味わい深い音色をより堪能することができた、バッハ作曲「無伴奏チェロ組曲 第1番 プレリュード」。

音色が声のように、まるでお喋りしているかのようにも聞こえる、モーツァルト作曲「ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲 ト長調 K423」。

四重奏ならではの音の厚み、色彩豊かな音色、何よりも会場に響き渡る音の迫力、音圧を体感することができた、シューマン作曲「ピアノ四重奏曲 変ホ長調作品47」。

「この機会に感謝を込めて」とヘンデル作曲「ラルゴ」をアンコールで演奏。「ピアノ四重奏曲 変ホ長調作品47」に比べ、ゆったり落ち着いた曲調に、暑さを忘れるほど、心安らぐ1曲となりました。





次回は9月26日(金) チェロ 徳澤青弦さん、ピアノ 林正樹さんによる演奏会です。

どうぞお楽しみに!

※8月は休演です。


2025年7月4日金曜日

2025年7月 竹籠展

 板室温泉大黒屋では7月4日より大黒屋サロンにて「竹籠展」を開催いたします。



2021年、2023年に続き、3回目の開催となる本展では、生活と美のあいだにある竹工芸の世界を、改めて見つめ直します。竹は、縄文時代から現代に至るまで、日本人の暮らしと深く結びついてきた素材です。カゴやザルといった日用品から、農具・漁具、茶道・華道具、尺八や篠笛などの楽器、竹刀や弓、さらには日本家屋の建材に至るまで、その利用範囲は広く、文化の基層にまで根ざしています。なかでも栃木県は竹工芸が盛んな地域として知られ、その礎を築いたのが、栃木県出身の竹工芸家・飯塚琅玕斎(いいづか・ろうかんさい)です。大正から昭和にかけて活躍した琅玕斎は、それまで「道具」として扱われていた竹籠に、独自の意匠と構成美を持ち込み、「美術工芸」としての地位を築いた先駆者です。本展では、主に昭和から現代にかけての花籠を中心に、盛籠、掛花、炭斗など、用途も形態も異なる約100点の作品を展示いたします。出品作品は、竹工芸の蒐集・研究に長年取り組まれてきた専門家のコレクションの一部と、当館が独自に収集・選定したものとで構成されており、実用性と造形美が交差する魅力を伝える内容となっています。



また今回は、当館にとって深い縁のある作家、*勝城蒼鳳の作品も特別に展示いたします。大田原市を拠点に活動し、自然と向き合いながら静謐な造形を追求した勝城氏は、長年にわたり板室温泉大黒屋と交流を重ね、個展やグループ展を開催してきました。20231月に逝去された後、栃木県内ではその功績を再評価する展覧会が相次いで開催されています。2024年には益子陶芸美術館で「竹耕藝 勝城蒼鳳那須野が原に生きて―」展が、2025年初頭には栃木県立美術館で「よむ あむ うつす 勝城蒼鳳人間国宝に訊く竹の道」展が開催され、多くの人々に深い感銘を与えました。今回の「竹籠展」では、追悼展と銘打つものではありませんが、勝城氏の花籠・盛籠作品を10点前後、特別出品いたします。素材と真摯に向き合い、静けさの中に凛とした緊張感を宿す作品群を、ぜひご覧いただければ幸いです。



なお、本展の開催にあたり、竹工芸蒐集家・研究者の斎藤正光氏より、作品の貸出や分類、構成に関するご助言をいただきました。斎藤氏は、国内外の竹工芸展に多数関わってきた第一人者であり、これまでの大黒屋での竹籠展にもご協力いただいてきました。その審美眼に裏打ちされた視点が、本展の構成にも奥行きを加えております。自然の素材と人の手仕事が織りなす、かたちの数々を。ぜひこの機会にご高覧ください。 


会期 : 2025年7月4日(金) - 7月29日 (火) 10:00 - 17:00

※7月4日のみ13時から開館いたします。

※展示は宿泊以外の方もご覧いただけます。