2025年8月1日金曜日

2025年8月 長沼泰樹・宮澤有斗展

 板室温泉大黒屋では8月1日より大黒屋サロンにて「長沼泰樹・宮澤有斗展」を開催いたします。


埼玉県北本市を拠点に活動する木工作家・長沼泰樹は、「空間に寄り添う静かな道具」としての家具を制作しています。一冊の本『家具と人』との出会いから2011年に木工の道へ。品川の職業訓練校で学んだ後、傍島浩美氏に約10年師事。2024年に独立し、現在は自宅と川口の工房を行き来しながら、椅子やテーブル、収納家具、日用品などを手がけています。ブラックチェリーやナラといった広葉樹を用い、オイル仕上げや石鹸仕上げによって木の質感や経年変化を活かしています。「ほぞ」や「ありざん」といった伝統技法を取り入れる一方で、「ノックダウン」と呼ばれる分解可能な技法も採用し、現代の暮らしに調和する家具を生み出しています。構造の強さはあえて見えない裏側に込め、外観には静かな輪郭と余白を残します。直線的で削ぎ落とされた形は、主張しすぎず、それでいて確かな意志を宿しています。北欧に根ざした家具デザインや静謐な絵画表現に通じる美意識を取り込み、過剰な装飾を避けた静かな佇まいを追求しています。さらに登山やアウトドア文化から派生した「ウルトラライト(UL)思想」にも共鳴。最小限の構成で最大限の機能と美を引き出す発想は、家具の厚みや重量、影の落ち方にまで反映されています。今回は二人展に合わせ、展示台や特製ウォールラック、スツールやベンチなども展示いたします。



栃木県益子町に生まれた陶芸家・宮澤有斗は、陶芸家・宮澤章を父に持ち、素材と真摯に向き合いながら、手の痕跡を尊ぶ表現を追求しています。岩手大学教育学部を卒業後、父とともに制作を続ける一方で、陶ISMなどを通じて作品を発表。卒業直後には個展を開き、若くして注目を集め、益子に拠点を築きました。大黒屋とのご縁は、父・章の紹介によるものでした。4年間、陶芸家としてではなく宿のスタッフとして働いた経験は、「器から離れること」を体験され、創作に新たな視点と深みをもたらしました。宿の日常に触れた時間は、器が暮らしの中でどう息づくかを考える大切な契機ともなりました。近年は「釉薬と土を焼締める技法」を主軸に、「痕定手」と名付けた作品群を展開しています。自然灰や焼成によって現れる土の質感や痕跡は、手の痕と重なり、余分な装飾を排した造形に静謐な存在感を宿します。日々の土づくりを欠かさず、「曖昧さ」や「変化する人生」をそのまま器に託す姿勢は、使い手との時間を育む余白を残しています。本展では、花器を中心に、カップや鉢、お皿など、約150点の焼締め作品を展示予定です。



木工と陶芸、同世代の二人が語り合いながら大黒屋の空間を紡ぎ上げました。木と土、それぞれの素材が響き合う静かで確かな佇まいを、この機会にぜひご高覧ください。


会期 : 2025年8月1日(金) - 9月1日 (月) 10:00 - 17:00

※8月1日のみ13時から開館いたします。

※展示は宿泊以外の方もご覧いただけます。


2025年7月4日金曜日

2025年7月 竹籠展

 板室温泉大黒屋では7月4日より大黒屋サロンにて「竹籠展」を開催いたします。



2021年、2023年に続き、3回目の開催となる本展では、生活と美のあいだにある竹工芸の世界を、改めて見つめ直します。竹は、縄文時代から現代に至るまで、日本人の暮らしと深く結びついてきた素材です。カゴやザルといった日用品から、農具・漁具、茶道・華道具、尺八や篠笛などの楽器、竹刀や弓、さらには日本家屋の建材に至るまで、その利用範囲は広く、文化の基層にまで根ざしています。なかでも栃木県は竹工芸が盛んな地域として知られ、その礎を築いたのが、栃木県出身の竹工芸家・飯塚琅玕斎(いいづか・ろうかんさい)です。大正から昭和にかけて活躍した琅玕斎は、それまで「道具」として扱われていた竹籠に、独自の意匠と構成美を持ち込み、「美術工芸」としての地位を築いた先駆者です。本展では、主に昭和から現代にかけての花籠を中心に、盛籠、掛花、炭斗など、用途も形態も異なる約100点の作品を展示いたします。出品作品は、竹工芸の蒐集・研究に長年取り組まれてきた専門家のコレクションの一部と、当館が独自に収集・選定したものとで構成されており、実用性と造形美が交差する魅力を伝える内容となっています。



また今回は、当館にとって深い縁のある作家、*勝城蒼鳳の作品も特別に展示いたします。大田原市を拠点に活動し、自然と向き合いながら静謐な造形を追求した勝城氏は、長年にわたり板室温泉大黒屋と交流を重ね、個展やグループ展を開催してきました。20231月に逝去された後、栃木県内ではその功績を再評価する展覧会が相次いで開催されています。2024年には益子陶芸美術館で「竹耕藝 勝城蒼鳳那須野が原に生きて―」展が、2025年初頭には栃木県立美術館で「よむ あむ うつす 勝城蒼鳳人間国宝に訊く竹の道」展が開催され、多くの人々に深い感銘を与えました。今回の「竹籠展」では、追悼展と銘打つものではありませんが、勝城氏の花籠・盛籠作品を10点前後、特別出品いたします。素材と真摯に向き合い、静けさの中に凛とした緊張感を宿す作品群を、ぜひご覧いただければ幸いです。



なお、本展の開催にあたり、竹工芸蒐集家・研究者の斎藤正光氏より、作品の貸出や分類、構成に関するご助言をいただきました。斎藤氏は、国内外の竹工芸展に多数関わってきた第一人者であり、これまでの大黒屋での竹籠展にもご協力いただいてきました。その審美眼に裏打ちされた視点が、本展の構成にも奥行きを加えております。自然の素材と人の手仕事が織りなす、かたちの数々を。ぜひこの機会にご高覧ください。 


会期 : 2025年7月4日(金) - 7月29日 (火) 10:00 - 17:00

※7月4日のみ13時から開館いたします。

※展示は宿泊以外の方もご覧いただけます。


2025年6月26日木曜日

第251回 音を楽しむ会

 6月の音を楽しむ会は謡・舞 川口晃平さん、笛 熊本俊太郎さん、太鼓 姥浦理紗さん、地謡 小田切亮磨さん、鷹尾雄紀さんによる能の公演でした。今回は地謡2名も加わり、これまでの公演よりもさらにスケールアップ。5人が作り上げる能の世界はより一層厳かな空気感を作り上げておりました。



今回の演目は...

高砂

敦盛(長良川薪能版)

船弁慶

羽衣



梅雨時期の音を楽しむ会ということもあり、外は雨模様。雨に濡れた緑が美しく輝く中、「高砂」で開演。

平知盛の怨霊が義経一行を海底に沈めようと薙刀を荒々しく振るう場面が特徴的な「船弁慶」。覇気のある川口さんの舞と緊迫感を与えるお囃子の音色と地謡の歌声は、想像力を掻き立てます。

幕間には、熊本さん、姥浦さんによるお囃子の説明も。曲の雰囲気作りや拍子を意味する掛け声の解説は、会場にいるお客様も「ヤ」「ハ」「ヨーイ」「イヤー」と声を出し、発声後は笑い声とともに感嘆の声も聞こえてきました。

お囃子の解説後は装束着けを実演。普段なかなか見ることのできない裏側のこと、音を楽しむ会だからこその機会に、お客様も興味津々でした。ただ、着るだけではなく、装束の年代や意味、お手入れ方法など、詳しい説明もあり、わかりやすく、能の世界により興味を持つことができました。

最後の演目は天女の装束をつけ「羽衣」を。装束のきらびやかさだけではなく、舞の美しさも相まって、神々しく、心身が清まる感覚さえありました。

650年以上もの長い歴史を持ち、世界最古の演劇の一つとしても知られる「能」。物語に込められた深い人間模様は、現代に生きる私たちにも共感と感動を与えてくれました。




次回は7月26日(土) ヴァイオリン 青木高志さんによる演奏会です。

どうぞお楽しみに!


2025年6月6日金曜日

 2025年6月 生形由香展

 板室温泉大黒屋では6月6日より大黒屋サロンにて「生形由香展」を開催いたします。


当館での展覧会は、2020年以来5年ぶり、2回目の開催となります。生形さんは、陶芸の地、益子にて自身の窯を構え日々土と向き合いながら、手作業によってひとつひとつの器を生み出しています。ろくろの上でかたちづくられる器は、やがて彫りの文様が施され、そこに釉薬が流しがけで重ねられることで、彫刻的でありながら柔らかな表情を持つ作品へと昇華していきます。その工程には、一切の妥協も無駄もなく、ひとつひとつの作業に対する深い集中と誠実なまなざしが込められています。彼女の作品に見られる陰刻や陽刻の技法は、東南アジアの更紗模様や仏教美術に通じる静謐さを内包しています。単なる模倣や装飾ではなく、土という素材と真摯に向き合う中で、自身の美意識を通じて昇華された造形美であり、それはまるで古代の遺物を前にしたときのような、時間の層や祈りの気配を感じさせます。



また、作品には「使うための器」としての機能性だけでなく、「そこに在ること」の美しさが込められています。花器や蓋物といった多様な形の器たちは、いずれも用のための造形にとどまらず、空間に静かに立ち現れる存在としての美しさを備えています。決して華美ではないけれど、そこにあることで空間の空気が少し変わる。控えめながらも確かな強さを持つその佇まいは、暮らしの中に深い余白や静けさをもたらしてくれる存在でもあります。



生形さんは制作の中で「偶然」と「必然」が交差する瞬間に深く心を動かされると語ります。彫りによって生まれる陰影に釉薬が自然に流れ込み、焼成の過程で生まれる微細なゆらぎによって、器の表情はひとつとして同じものがありません。作家の意図と、素材が導く偶然の美が折り重なりながら、器の中にその都度異なる風景がそっと立ち現れます。

本展では、食卓で日常的に使われる器に加え、より彫刻的な魅力をもつ花器や蓋物、オブジェなど、多様な作品群を展示いたします。それぞれの作品に宿る、土と釉薬と手の交感が織りなす景色をご堪能いただけましたら幸いです。

 


会期 : 2025年6月6日(金) - 6月30日 (月) 10:00 - 17:00

※6月6日のみ13時から開館いたします。

※展示は宿泊以外の方もご覧いただけます。



2025年5月26日月曜日

第250回 音を楽しむ会

 5月の音を楽しむ会は落語 三遊亭兼好師匠による公演でした。落語は2012年5月の古今亭志ん輔師匠、2024年2月の上原正敏さんによる「オペらくご」以来の公演でした。





今回の演目は...

一席目:「桃太郎」
二席目:「親子酒」




福島県会津若松市出身の兼好師匠。1998年に三遊亭好楽師匠に入門し、2008年に真打昇進。落語専門誌での執筆や数々の受賞歴を持ち、独演会やメディア出演など幅広く活躍されています。


今回は間に休憩を挟みつつ、時間いっぱい二席もお噺しいただきました。


兼好師匠ならではの俗世に鋭く切り込んだ枕は、聞く者の心を落語の世界へと一気に引き込みました。


二席目の親子酒、酒好きの父親が3日ぶりにお酒を飲む場面。美味しそうに飲む表情や湯呑みを大切に持つ仕草だけではなく、飲んでいる途中、飲みきった後に出る「音」がとても印象的でした。


「ごくごく」「たん!」。とてもシンプルで小さな音にも関わらず、間を置き、一度静かな空間を作ることで、より鮮明に情景をイメージさせ、会場に大きな笑いを生みました。


日本の伝統芸能の一つでもある落語。楽器や歌声がなくとも、言葉という「音」を通して人を楽しませるという点では、一つの「音楽」なのかもしれません。





次回は6月26日(木)能 川口晃平さんによる演奏会です。

どうぞお楽しみに!