2018年12月28日金曜日

第189回 音を楽しむ会

12月の音を楽しむ会はピアノ中橋健太郎左衛門さん、ソプラノ今野絵理香さん、バリトン勝村大城さん、テノール佐々木洋平さんによる大黒屋オペラ第9回公演が行われました。大黒屋オペラとは中橋さんが2015年の音を楽しむ会出演の際に結成したもので、板室と東京での上演合わせて今回で9回目となります。



演目はエーリッヒ ヴォルフガング コルンゴルト作曲「死の都」です。「死の都」とは直接的にはベルギーの古都ブルージュの事で、主人公パウルの亡き妻への想い、第一次世界大戦後のヨーロッパに満ちていた古き時代への懐古の感情なども意味しています。



最愛の妻マリーを亡くして落ち込んでいたパウルだがある日彼女と瓜二つの劇場ダンサーマリエッタと出会い自宅に招く。亡き妻に思いを馳せ一人自分の世界に入るパウルと訝しがるマリエッタ。お互いの想いはすれ違うが音楽的には華やかで美しい曲でした。


主人公パウル役佐々木洋平さん。大黒屋オペラのキーパーソンである彼の爽やかで真っすぐな歌声は聴いていてとても心地よいものでした。


マリー(パウルの亡き妻、貞節で美しいパウルの理想の女性)とマリエッタ(劇場のダンサーでマリーに外見は瓜二つで魅力的だが内面は正反対、奔放で気まぐれ)役の今野絵理香さん。二人の女性を歌い分け声色で人間性が見えてくる表現力は素晴らしいなと感じました。

マリエッタが出ていくとパウルは精神に変調をきたし亡き妻マリーの声が響く。夢うつつの中のパウルは親しい友人達にも見放されマリエッタに翻弄されている。マリエッタの同僚のピエロが美しいアリアに彼女を捧げる。



フランク(パウルの友人)とフリッツ(パウルの夢に出てくるピエロ)役の勝村大城さん。響き渡る深い歌声で会場のムードをより一層際立たせていました。

独りマリエッタは亡き妻の想い出の詰まったパウル宅へ。マリーの遺影に語りかける。子供達の聖歌隊の歌声(は佐々木さんが口笛で表現していました、多様な表現力に感動しました)も街から聞こえる。そこへパウルが戻って来るが亡き妻の想い出には触れられたくない。

パウルをからかい、誘惑し亡き妻を愚弄するマリエッタ。言い争いの中で彼は次第に錯乱する。パウルにとって最も大切な、妻の遺髪をもて遊び、嘲るように踊るマリエッタ。遂に激昂したパウルはマリエッタの首を絞めて殺してしまう。


大黒屋オペラ産みの親、ピアノ中橋健太郎左衛門さん。ノンストップの劇中で歌い手たちと一緒に洗練された旋律を奏でていました。


パウルがはっと我に帰ると時間もさほど経っていない。幻の中で殺したはずのマリエッタは意味ありげに微笑んでパウル宅を後に。そこへ友人のフリッツが訪ねて来てマリエッタとすれ違う。フリッツはマリエッタがマリーとそっくりで驚く。パウルは亡き妻への愛を昇華し未来に向けて生きていこうと決心し想い出の詰まった古都ブルージュを後にする。


劇中の展開に合わせて照明を効果的に使い演奏者4名の白熱した音楽によってドラマチックなオペラの世界が表現された素晴らしい音を楽しむ会となりました。もっと演奏を観て聴いて楽しみたいと思わせる大黒屋オペラこれからの発展に期待したいと感じました。



次回の音を楽しむ会は年が明けて2019年1月26日(土)、ピアノの菅野潤さんです。
どうぞお楽しみに!皆様よいお年を!

2018年11月26日月曜日

第188回 音を楽しむ会

11月の音を楽しむ会はソプラノの西田真以さんとバスのパオロアンドレア・ディピエトロさん、ピアノの中ノ森めぐみさんによる演奏会が開かれました。西田さんは昨年11月にも出演され今年はご主人のパオロさんが初出演です。今回はオペラとカンツォーネを披露していただきました。


1曲目カタラーニ作曲「ワリー」より”さようなら、ふるさとの家よ”。西田さんの美しい歌声が会場に響き渡り開幕から一気にお客様をオペラの世界へ誘うような演奏でした。

2曲目モーツァルト作曲「フィガロの結婚」より”もう飛ぶまいぞ、この蝶々”。フィガロの独唱をパオロさんが熱唱し、リズミカルな低音と軽やかな表情が特徴的でした。


3曲目ヴェルディ作曲「運命の力」より”神よ、平和を与えたまえ”。序盤の清らかなメロディーは静謐を讃えるようで、中盤からはピアノとの協奏で鮮烈な展開が繰り広げられました。

4曲目モーツァルト作曲「ドン・ジョヴァンニ」より”手を取り合って”。西田さんとパオロさんの掛け合いが晴れやかで心温まる印象でした。


5曲目小林秀雄作曲「落葉松」。パオロさんの力強さと優しさのある声で歌い上げられた落葉松は今まで聴いたことのないような新感覚の秋を表現したように感じました。

6曲目マスカーニ作曲「アヴェ・マリア」は西田さんが祈りを込めるように歌い上げ、7曲目ロータ作曲「もっと静かに囁いて」は中ノ森さんの哀愁ある旋律と共にパオロさんの歌声が響き渡りました。


8曲目ララ作曲「グラナダ」は音で壮大な世界を表現した1曲だと感じました。華やかなメロディーが足取り軽くステップを踏むように会場を盛り上げていきました。

9曲目モドゥーニョ作曲「ヴォラーレ」はイタリアの美しい”青い空”を表現した聴きなじみのある有名な1曲。パオロさんの歌声がゆっくりと会場に広がり、揺り籠で揺れるような安らぎを感じました。お客様もリズムをとって横に揺れながら聴き入っていました。


10曲目ディ・カプア作曲「オー・ソレ・ミオ」は西田さんの高く鮮やかな歌声とパオロさんの低く艶のある歌声が融合した素晴らしい1曲でした。ゆっくりと歩幅を合わせて進んでいくように演奏する3人の絆を強く感じ、演奏後は会場から「BRAVO!」と歓声が上がりました。


アンコールはレハール作曲オペレッタ「メリーウィドウ」より”唇は黙して”。西田さんとパオロさんがダンスをして朗らかな雰囲気で歌い上げました。
3人の個性が表現された迫真のステージを披露していただきました。晴れやかな曲目が印象的で心温まる素晴らしい音を楽しむ会となりました。



次回の音を楽しむ会は12月26日(水)、中橋健太郎左衛門さんによるオペラです。
どうぞお楽しみに!

2018年11月3日土曜日

11月 新里 明士展

11月1日より大黒屋サロンにて新里 明士展が始まりました。
「光器」
新里さんは岐阜県土岐市を拠点に制作を行っており、国内外で展覧会を開催し、最も注目されている作家の一人です。本展では代表作でもある蛍手(ほたるで)の技法を使った「光器」の作品と、青と緑の壁掛けの作品など34点展示しています。



白いうつわ「光器」は透光性の高い白い磁器土を使って無数の穴を穿ち釉薬をかけて制作されています。精緻で技巧的な仕事によって生まれる光の表情は豊かで美しく器自体がほんのりと光っているようです。
青と緑の作品は白い土にコバルトなど金属を混ぜた土を使って制作されており彫刻的な表現になっています。イタリアで滞在制作中に強い色を使いたいと思うようになり日本に戻り作り始めたそうで、新里さんが好きな色でもあるそうです。

緑の形
新里さんは普段は陶芸のギャラリースペースで器を展示することが多いのですが、今回の大黒屋での展示では、新たな展開として彫刻的な作品も含め空間をより意識した展示をしたいという気持ちが強くあり、うつわという用途のあるものづくりや、技巧的な技術だけに頼らない作品としての表現を自身の制作の中に取り入れていきたいと考えておりました。


表現的な焼き物を目指して初めて制作されたという壁掛けの作品がサロン正面にあります。自動筆記のように身体や手の成るがままに作っていくそうで、左から順番に制作過程が追えるように展示されています。偶然性が伴うフォルムは土の質感、色、制作にかかった時間も含め、光る器の対比として見てもとてもおもしろい構成です。

また信楽滞在中に制作した作品「シガラキ」。
大黒屋の空間全体を大胆に使い庭にも置かれた風景はとても新鮮です。
シガラキ
丁寧で美しく理性的な作品や身体全身を使ったアクティブで感覚的な作品など幅広い内容のある本展、新里さん自身曰く「チャレンジした仕事による展示」は見所満載となっています。


作家によるアーティストトークは11月19日(月) 20:00-21:00。
展示は11月29日(木)まで開催しております。紅葉が美しい日が続いております。
ぜひ大黒屋までお運びください。






2018年10月27日土曜日

第187回 音を楽しむ会

10月の音を楽しむ会は森田真生さんによる数学の演奏会が開かれました。昨年に引き続き2回目のご出演です。数学の言葉による表現を白板に書きながらお話をしていただきました。


大きな綱は短い糸が寄り集まってできているように数学も古代ギリシャ、中世、近代、中国、南米など様々な時代と場所のものが寄り集まってできており、日本の数学は明治時代に入ってきたヨーロッパの数学が元になっているそうです。

バスケットボールに夢中になっていた中・高時代に強くなるために武術家の方に江戸時代の体の使い方を教えてもらい、そこから身体を使って変容していく大きな世界とひとつになっていくことを学んだそうです。


帝釈天の網の話では、網の結節点にある宝珠は相互に照らし合って輝き、世界が円環になって論理的に説明できない全体の様相を表しているといいます。そして網を切ると樹の構造になって原因と結果が分かるようになり論理的説明と時間の概念ができるそうです。


「reason」とは「理由を説明できることが理性を持った証」の意で、語源の「ratio」は「比」という意味です。比べること、例えば単位(時間や距離)を決めて相対的に物事を決めること、これは網をちぎって物事を筋道立てて考えるということ、すなわち世界の一部を理解するということ。対して大きな網とは論理的に分からないが身体を使ってこの世界と一つになり感じるものだといいます。
一部と全体のお話が森田さんが一貫して伝えたいテーマであることを実感しました。一部を知って全体を感じること、全体を感じながら一部を知ること、理性と感性という人間が持っている両方が大事なんだということを伝えたいのだなと思いました。


数学者岡潔についてのお話では、目に見えない、耳で聞こえないものでも関心を集め続けると姿形を帯びてくる、心の内側と外側を感じることができ、また「情緒」という言葉の「情」とは「大きな自他を越えて通い合う心(全体)」で「緒」とは「情の糸口、具体的な個々人の心(一部)」だといいます。


人工言語、人工知能、人工生命についての話では、人工言語がコンピュータの基となる考え方で、人工知能は規則に従って働くもの、そして最新の人工生命とは流れに寄り添うもの。人工生命はmessyでnoisyな(=散らかっていて騒々しい)環境に対応できるものだそうで、大きな世界の変容に寄り添う考え方が海外でも増えてきているといいます。


「無常」という言葉がありますが、人生の中で自分の予想はなかなか当たらないもの。
「現実は予測不可能な出来事がたくさんあってmessyでnoisyなもの、遊び心を持った距離感で変わりゆく社会に接することで人間は豊かで幸せに生きることができるのではないでしょうか」と最後にお話をしていただきました。
全体と一部、社会と組織、世界と自分、大きなものの感じ方と部分的な考え方双方を大切にすること、人生を楽しく考えながら生きる方法を教えてもらったように感じた数学の演奏会でした。


次回の音を楽しむ会は11月26日(月)、ソプラノの西田真以さんです。
どうぞお楽しみに!

2018年10月21日日曜日

八木史記 アートを語る会

現在サロン展示中の八木史記さんによるアートを語る会が行われました。これまでの生い立ちと作品制作の関わりについてお話していただきました。


岩手県盛岡市出身、宮城県仙台市在住の八木さんは小さい頃から漫画など絵を描くことが好きだったそうです。宮城教育大学では彫刻研究室に入り石膏型取りでの人体塑像を制作していました。大学院まで制作を続けましたが石膏での制作に限界を感じ、様々な素材を使って試す中でセメント、コンクリートが自分に合うと思ったそうです。


少年時代、盛岡の住宅地に住んでいた八木さん。日が暮れた暗闇の中、学校の近くにある東北新幹線の橋脚が連なる風景を見て自分がとても小さい存在だと不安感、絶望感を感じたそうです。冷たく無機質で巨大なコンクリートの塊に圧倒された原体験がセメントを素材にした制作の基になっているといいます。



最初の頃は動物や花を造形しており器好きということで徐々に器の形も制作していきました。次に近年多発している自然災害をテーマに自然や大地の形である樹木を作り始めました。制作の構造として自然と自分が対比される関係性があるといいます。最新の制作として蔦が建築物を覆っている様子を形に変換したものがあります。人間が作ったものを自然が侵食していくようなイメージの壁掛けの作品は本展のために新しく生み出したスタイルです。



人間が作ったコンクリート、無機質で冷たくぶっきらぼうで無生物、意思を持たない存在に得体の知れない不気味感を以前は感じていましたが、年を経るごとにその印象や考え方が変わっていき、あえてその冷たい素材を使って安らぐ雰囲気を作りたいと思うようになったといいます。不気味な感覚を安らぎに変えたい。「感じ方は生まれた年代や育つ環境によって変わるもので自分のリアルな感覚で制作をしていきたい」とお話しました。人工と自然、相対する要素の間で感覚を磨いてきた八木さん独自の感性による考えを聞くことができたアートを語る会でした。


「アートは自分にとってなくてはならないもの」と語る八木さん、最後に○△□に言葉を入れて表現していただきました。
○=間
△=バランス
□=緊張
緊張感のあるモノの構成で作品を制作し、空気感、雰囲気のある場でを生み出し、全体のバランスを大事にしていきたいです」



八木史記さんの展示は10月30日(火)まで行われます。どうぞお運びくださいませ。

2018年10月2日火曜日

10月 八木史記展

大黒屋サロンにて第12回大黒屋現代アート公募展大賞受賞者 八木史記展が始まりました。


本展ではセメントとステンレスを用いた作品を中心に22点展示しています。


学生時代に人体や抽象的な形を石膏やFRP(繊維強化プラスチック)、テラコッタ粘土など様々な素材で制作していく中で現在のセメントやモルタル、コンクリートを用いた制作スタイルに決まったといいます。


八木さんは中学生の頃に新幹線線路の巨大な橋脚を見た時、夕暮れの暗闇に浮かぶコンクリートの巨大な塊に絶望的な印象を持ったという体験をしたそうで、この原体験が作品制作の基礎にあるといいます。

本展では、人工物の象徴であるセメントと人の生活の営みの象徴である生活雑器を融合した作品があります。


近年自然災害が多発する中、作品制作においてセメントやコンクリートの持つ意味の幅が広がったそうです。人と自然、人工物で自然の形を作ってみたらどうかと思い制作したのがこちらの木の作品シリーズです。


こちらは建築物が蔦に覆われている様子を転換して制作されたもので、ろう付けしたステンレスとセメントを組み合わせた作品になっています。


本展にあたり「大学から現在までの制作活動でやってきたことを全て見せたい」と意気込んで制作してきた八木さん、「人工的な素材を使った作品ですが、温かみのある雰囲気を感じて見ていただけたら良いなと思います。」と話していただきました。


アーティストトークは10月18日(木)20:00-21:00。展示は10月30日(火)まで開催しております。
ぜひご覧ください。


2018年9月28日金曜日

第186回 音を楽しむ会


9月の音を楽しむ会はソプラノ森田克子さんとピアノ沢里尊子さんによる演奏会が行われました。今回で16回目の出演となる森田さんは「初々しく慣れっこにならないように、当たり前にならないように演奏したいです。活き活きとした曲目としみじみとした曲目を準備してきたのでお客様に楽しんでいただきたいです。」と話していただきました。


1曲目「ちいさな空」は優しいメロディーで静かに奏でられました。
2,3曲目「花と若者」「落葉松」と秋の曲を続けて演奏。大黒屋の庭に咲いている秋桜の風景と曲の音色がリンクして叙情的な心象風景が広がってきました。



サプライズで呼びこまれた社長が「赤とんぼ」を披露。森田さんの歌のレッスンを受けて磨かれた歌声で秋の風情を歌いあげました。


4曲目「空を見上げて」は会場のお客様と一緒に明るく歌いました。お客様も元気よく歌って会場が活気づいていく様子を肌で感じ取ることができました。会場の熱が徐々に上がっていきました。


沢里さんがオカリナで「旅愁」を披露。澄み渡った音色が癒しの空間を作り出していました。

5曲目、朗読ミュージカル(O.ヘンリー作「赤い酋長の身代金」より、作・演出:山崎陽子/作曲:小川寛興)「きっと明日は」
詐欺コンビのハンサムな男サムと肥満体のビルは何とかうまい金儲けができないかと知恵を絞り、大金持ちで嫌われ者の顔役ドーセットの息子に目をつけたのだが、、、愉快で気の毒で心温まる男たちの物語を披露しました。


大黒屋で披露する演目で登場人物は過去最多だそうです。コミカルにキャラクターが描かれテンポの良い物語が繰り広げられ、会場から歓声が沸く場面が数多くありました。森田さんの明るく陽気な語り口を聴いていると心も軽やかになり、朗読ミュージカルの楽しい世界の中に入っていくようでした。


会場のお客様と一緒に作り上げた演奏会、森田さんの「皆で楽しい場を共有したい」という熱い思いが強く伝わってきました。見て聴いて幸せな気分になった演奏会でした。



次回の音を楽しむ会は10月26日(金)、数学の森田真生さんです。
どうぞお楽しみに!