板室温泉大黒屋では、2026年2月6日(金)から3月2日(月)まで画家・彫刻家 渡辺豊重 の展覧会を開催いたします。渡辺豊重は1931年に生まれ、2023年に逝去するまで、絵画、版画、彫刻など多様な表現を通して、色彩やかたちが立ち上がる感覚そのものを探求し続けた作家です。
渡辺と大黒屋との関わりは古く、1995年、2000年の二度にわたり、ここ板室温泉大黒屋にて個展が開催されました。1995年の個展の際に制作された屋外彫刻《みんなそろってピーヒャラドン》は、現在も大黒屋の裏庭に設置され、毎日出勤するスタッフや宿へ訪れる人々を静かに迎え続けています。自然の中に置かれたその姿は、作品が鑑賞の対象であると同時に、風景の一部として時間を重ねてきたことを物語っています。
大黒屋の前代表・室井俊二(会長)にとって、「保養とアートの宿」として大黒屋が進んでいく過程で出会った作家たちは、単なる展示の対象ではなく、宿の在り方そのものを形づくる存在でした。なかでも、現在の大黒屋にも深くつながり、重要な作家として位置づけられているのが、菅木志雄、村井正誠、そして渡辺豊重です。
1980年代後半から90年代にかけて、現代美術はまだ一般的とは言えず、旅館という場で作品を展示し、作家と継続的に関わることは、決して当たり前の選択ではありませんでした。そのような時代に、室井はこの三者の美術活動に触れ、宿として作家と向き合い、交流を重ねるなかで、空間のつくり方や、時間の積み重ね方、そして「保養」という概念そのものを学んできました。
三人の作品は現在も大黒屋の館内外に点在し、風景や建築、日常の営みとともに静かに息づいています。それらは展示物というよりも、この場所の時間とともに育まれてきた存在であり、われわれの空間そのものを形づくる重要な要素となっています。
若い頃は都市を拠点に活動していた渡辺は、1990年代以降、栃木県那珂川町にアトリエを構え、自然とともにある生活へと身を移しました。都市と地方、社会の矛盾や違和感、日常のなかに生まれる感情の揺らぎは、次第に彼の作品の中で、より自由で、より率直な「色」と「かたち」として立ち上がっていきます。
一見すると明るく、ユーモラスに見える渡辺の作品ですが、その奥には、怒りや戸惑い、社会への問いといった複雑な感情が重なっています。代表的なモチーフである「鬼」の姿にも、恐ろしさよりも人間味が漂い、見る者に軽やかさと同時に、言葉にしがたい余韻を残します。
渡辺にとって制作とは、完成された意味を提示する行為ではなく、色を置き、線を引き、かたちを試すなかで、思考や感情が変化していくプロセスそのものだったのかもしれません。絵画と彫刻、平面と立体のあいだを自在に行き来する表現は、ジャンルの枠を越え、視覚そのものの歓びへとひらかれています。
現在、栃木県立美術館では回顧展が開催され、渡辺豊重の画業全体を見つめ直す機会が設けられています。
本展では、その回顧展の機会にあわせ、あらためて大黒屋と渡辺豊重との関係を見つめ直すことをひとつの軸とし、これまで大黒屋でコレクションされてきた作品を中心に展示いたします。あわせて、1995年に制作された《みんなそろってピーヒャラドン》の版画作品なども紹介します。本展では、版画を中心に、絵画など計14点を展示いたします。2月の板室の静かな時間の中で、渡辺豊重が生涯を通して探し続けた、色とかたちが立ち上がるその気配を、ゆっくりと感じていただければ幸いです。
会期 : 2026年2月6日(金) - 3月2日 (月) 10:00 - 17:00
