2025年12月13日土曜日

2025年12月 加山幹子 展

板室温泉大黒屋では、2025年12月13日(土)から2026年1月11日(日)まで書家・加山幹子

による個展「文字と数字 “Characters and Numbers”」を開催いたします。



加山は大学卒業後、建築金物メーカーを経てHIGASHIYAに勤務しました。同社は、日本の伝統文化を現代の生活にふさわしい形で進化させ継承することを理念とするデザイン会社を母体とした和菓子屋であり、その環境のなかで加山は日本人の美意識や、ものに向き合う姿勢、日々の営みの細部に潜む静かな美を深く学んできました。

やがて生活の流れや人との関わりのなかで、心の余白や立ち止まる時間を必要としたとき、自然と「書」と向き合うようになります。そして2019年より書家としての活動を開始しました。

筆を動かすうちに、技術の巧拙よりも線にあらわれるその瞬間の自分の方が正直であると気づいた加山は、「自分に嘘のない文字だけを書く」という姿勢を大切にしてきました。また書かれた文字の意味よりも、そこからこぼれ落ちた部分ににじむ感情に、人の心の奥行きを感じています。



漢字を象形文字=抽象画として捉える彼女の視点から、作品は書く描くの境界を自然に行き来します。ひらがなやカタカナは漢字の意味を削ぎ落とした記号でありながら、逆に自由度の高い表現へと開かれた存在として扱われます。文字を読むための形としてではなく、線が生まれる過程や、その周囲に残る余白の気配に目を向ける姿勢が、加山の作品に一貫して流れています。

本展では、夏目漱石「草枕」、宮沢賢治「雨ニモ負ケズ」「真空溶媒」、太宰治の書簡など、文学作品を題材とした書を展示します。しかし加山が向き合うのは文章そのものの解釈だけではありません。漱石の言葉が自身を支えた経験、賢治の言葉に宿る切実な力——言葉の背後にある静かな層を、線と余白を通して見つめ直す試みです。文学は引用のための素材ではなく、心に残った言葉に、自身の線で応答する行為に近いものです。



また近年、加山はトポロジー(位相幾何学)にも関心を寄せています。「穴があるかないかで図形を分類する」という考え方との出会いは、余白や“空(エンプティ)”に価値を見出す加山の眼差しと自然に重なりました。線が循環し、途切れ、また別の場所でつながり直す構造は、言葉が生まれる前の感情の移ろいを思わせます。

彼女が「作品作りは、未消化の感情や嫌なことも美しいものへと変換できることに救いがある」と語るように、書くことは日々の揺らぎを静かに受け止める行為でもあります。「そしてその未消化の感情嫌な部分にこそ人間らしさがあって面白くていい」と言います。

加山の書は、文字として読む行為から離れ、静かな気配のように感じられる瞬間があります。線のわずかな動きや余白の深まり、文字や言葉にならなかった部分に残る微かな余韻が、見る人それぞれの記憶や感覚にそっと触れ、言葉が意味からゆっくりと離れていく時間がひらかれます。



本展「文字と数字」では、文学を題材とした作品や、トポロジーに着想を得た作品、そして加山らしいユーモアのある言葉の作品など、約30点を展示いたします。

また会期が年末年始にかかることもあり、その時期に寄り添う作品もあわせてご覧いただけます。初冬の板室温泉にて、ゆっくりとご高覧いただければ幸いです。


会期 : 2025年12月13日(土) - 2026年1月11日 (日) 10:00 - 17:00

※12月13日のみ13時から開館いたします。

※展示は宿泊以外の方もご覧いただけます。